誰もいないキッチン。
ほんの30分前だったら、ここにはクルーが全員揃っていた。
今日のメニューはどうしても熱々のものを皆に食べさせてやりたかったから、給仕をしていておれは皆と一緒の
テーブルに着くことが出来なかった。
一度、ナミさんになんで一緒に食べないのかと怒られた。
でも、これは料理人としての我侭。

うまいものを皆に食べてもらいたい。

ナミさんの愛の指導を受けてから、おれも出来るだけ皆と一緒に取れるようなメニューを考えるようになったけれども。

今日は特別な日。このクルーの誰にも告げてないおれだけの特別な日。
だから、おれの一番得意なメニューを食べて欲しかった。





人を祝うことは好きだけど、人から祝われるのは昔から苦手だった。
小さな頃に親に見離され、それから一度も祝ってもらったことは無かった。
自分は本当に人から祝ってもらえる価値のある人間なのかと・・・
またバラティエで開かれる誕生日パーティーに憧れていた時期もあった。
でも自分は作業で皆に遅れまいと必死だったから・・・
あのオーナーに甘えることもできなかったことも一因だろうと思う。





後片付けもほとんど終わり、今度は自分の食事を取ろうとカウンターに準備を進めていた。いつもの夕食時には
姿を見せないワインボトルとグラスを用意して。
用意を終わらせ、スツールに腰を下ろし、今度はワインのコルクを抜いて、そっとグラスに注ぐ。
そっとグラスを持ち上げ、グラスの縁に口づけた。





「誕生日おめでとう」




自分の背後から声がした。


この部屋には誰もいないと思っていたのに・・・
気配なんて感じてなかったのに・・・
そして・・・この声は・・・
なんで、おれの特別な日を知っている・・・


身体は何も言うことを聞かなくなった。グラスに口づけたまま、瞬きすら忘れてしまったかのように動けなくなった。
そんな身体とは反対に、頭の中はいろんな声がそれも一斉に飛び交うような状態だった。
1つずつ解決させようと、心を落ち着けようとしたけれども。
あの声、それも一言だけでおれの思考回路はパニックを引き起こしてしまったようだ。
何一つ解決することが出来なかった。

コツコツとこちらに近づいてくる足音。

その音1つずつが、おれの身体の動きを思い出させる鍵だったようで・・・
おれの後ろで足音が止まる頃にはグラスをカウンターに置けるほど身体の動きは元に戻っていた。
思考回路は未だパニックを起こしたままだったけれど。


「今日だっただろ」


いつもとは違う声。
この男にしては自信のなさそうな小さな声で尋ねてきた。
普段の声なら反論しようと思えるのに、こちらまで小さな声になってしまう。


「なんで・・・知ってる???」
「・・・毎年、この日になると同じメニューがでてくるから・・・何かあるのかと」
「だ、だからって誕生日だとは考えねぇだろ」
「おまえと一緒に船に乗るようになってから、一度も誕生日パーティー開いてないだろ。ほかの仲間はいつも
 張り切っているのに」


この男は気が付いていたのか・・・
絶対に気が付かないと思っていたのに・・・
それもよりによって、この男に・・・


いつも張り合ってばかりの関係。
それがいつの間にか、この男から目が離せなくなって。
レディに捧げるような気持ちが、あの男に向いてしまって。
引き返せないところまで来ていて。
それなら、この張り合ってばかりの関係を続けていこうと心に決めて。




あいつへの恋心を封印して。




なのに、この男の一言で封印していたものが解き放たれてしまった。





「好きだ。・・・一緒に祝ってくれるとうれしい・・・」


ゆっくりと男の方へと向きを変え、いつの間にかしっかりと見ることができなくなっていた瞳をしっかり捉える。
自然と言葉が出てきていた。





「最初っから、そのつもりでここに来た。おれも好きだ」


目の前にいた男の意外にも温かい口唇がそっと眦の雫を掬ってくれた。






END
















なんて素敵なサプライズ!ゾロ、やるなあ。
好きだから、ちゃんとサンジのこと見てたんだよね。だから気付いたんだ。
密やかで温かで幸せな誕生日の夜、ありがとうございますv


特別な日